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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8680号 判決 1984年11月12日

原告 ウエル株式会社破産管財人阿部昭吾

右訴訟代理人弁護士 渡邊顕

同 細田英明

同 井窪保彦

被告 日辰興業株式会社

右代表者代表取締役 臼杵一郎

右訴訟代理人弁護士 大竹昭三

主文

一、被告は原告に対し、金四四〇二万五五二一円及びこれに対する昭和五六年八月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

主文同旨。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. ウエル株式会社(以下「破産会社」という。)は、昭和五六年二月五日東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

被告は風俗営業等を目的とする会社である。

2. 破産会社は、昭和五五年八月一〇日、被告との間で、北辰不動産株式会社を賃貸人とし、被告を賃借人とする別紙物件目録記載の店舗(以下「本件店舗」という。)の賃借権を次の約定で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

(一)  代金 四億一〇〇〇万円

(二)  支払方法。昭和五五年九月から同年一一月まで毎月末日限り金一〇〇〇万円宛、昭和五五年一二月から同五七年七月まで毎月末日限り金一九〇〇万円宛、計二三回の分割払。

(三)  利息。年率一二パーセントとし、右元金の割賦支払期日に月割金利を支払う。

(四)  本件店舗の引渡し。最終代金(昭和五七年七月末日)の支払後、直ちに、本件店舗所有者から賃借権譲渡承諾を得て引渡しを行う。

(五)  契約解除。前記(一)の割賦代金の各弁済期が経過したときは、被告は何等の通知催告を要せず契約を解除することができる。

3. 破産会社は被告に対し、前記約定に従い、次のとおり合計金六四八四万〇〇二九円の支払いをした。

(一)  昭和五五年九月三〇日 金一四〇四万三八五〇円

(二)  同年一〇月三一日 金一四〇七万六七一七円

(三)  同年一一月三〇日 金一三八四万六五七〇円

(四)  同年一二月三一日 金二二八七万二八九二円

4. 被告は原告に対し、昭和五六年一月三一日を弁済期とする前記割賦代金不払を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をなした。

よって、原告は、被告に対し、本件売買契約の解除による原状回復として、金六四八四万〇〇二九円から、後記経営委託契約により被告が昭和五五年八月から昭和五六年一月までの間喪失した本件店舗営業による得べかりし利益合計金二〇八〇万四五〇八円を控除した金四四〇二万五五二一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年八月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

全部認める。

三、抗弁

1. 破産会社と被告は、昭和五六年八月一〇日、同日から、本件店舗の引渡し完了までの間、被告を委託者、破産会社を受託者とし、被告において、破産会社が本件店舗を使用して営業することを認める旨の経営委託契約(以下本件経営委託契約という。)を締結した。

2. 破産会社と被告は、本件売買契約締結に際して、被告が本契約を解除したときは、破産会社が被告に対して既に支払った売買代金を本件経営委託料に充当する旨を約した。

四、抗弁に対する認否

全部認める。但し、抗弁2の特約が支払済み代金全額を返還しない趣旨であるとすれば、この点は争う。

五、再抗弁

1. 本件経営委託契約は、本件売買契約に付帯したもので、契約当事者間の主たる目的は売買代金の支払そのものにあり、破産会社が被告に譲渡代金を完済するまで被告に代って本件店舗を使用するにつき、賃貸人である訴外北辰不動産株式会社から無断譲渡・転貸等の主張を受けないようにするための形式上のものであるにすぎず、破産会社から被告に対し委託料の支払をする根拠はなく、したがって委託料支払についての約定もなかったものであるから、抗弁2記載の特約は、実質的根拠を欠く。

2. 抗弁2記載の特約によれば、破産会社が請求原因1記載の譲渡代金について二三回の分割払のところを二二回まで支払って一回の支払いを履行できなかった場合、被告は二二回の分割で支払を受けた代金(三億九一〇〇万円)を委託料に充当することができることとなり、かかる結果は、被告において暴利を貪るものであるし、更に本件売買契約が破産会社の代金不払により解除された結果被告に生ずべき損害はせいぜい前記得べかりし利益の喪失による金二〇八〇万四五〇六円に過ぎないものであることを考慮すれば、本件特約は公序良俗に反するから無効である。

六、再抗弁に対する認否

1. 再抗弁1の事実のうち、本件経営委託契約が、本件売買契約に付帯したもので、右各契約の主たる目的が、譲渡代金の支払そのものにあったことは認めるが、その余は否認する。本件経営委託契約は、破産会社が本件店舗営業による利益を取得するものの営業は従前どおり被告が行い、破産会社は被告の人的、物的施設及び営業上の無形的資産を利用して利益をあげるという内容であって、本件売買代金が完済される限りは委託料支払の必要はないものの、破産会社の代金不払により本件売買契約が解除された場合には右収益に対する対価的意味の委託料が破産会社から被告に支払われるべきは当然であり、前記抗弁記載の特約はこの理を表現したものであり、また、右特約は右委託料のほかに違約罰の性質を含むものである。

2. 再抗弁2の事実は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因事実、抗弁事実及び本件経営委託契約が本件売買契約に付帯したもので、右各契約の主たる目的が売買代金の支払そのものにあったことは当事者間に争いがない。

二、(本件特約の解釈)

<証拠>を総合すると、

1. 昭和五四年七月一六日、東宝株式会社は自らが所有する本件店舗を北辰不動産株式会社に賃貸し、被告はその後北辰不動産株式会社から本件店舗の経営委託を受けて営業してきた。

2. 昭和五五年八月一〇日、本件売買契約に関する契約書が作成されたが、同契約書には次の条項が存在する。

(1)  被告は本件店舗引渡し完了までの間別に定める経営委託契約に基づき破産会社の本件店舗の使用、営業を認める。

(2)  破産会社の割賦代金不払により被告が契約を解除した場合、破産会社は被告に対し本件店舗を返還し、支払済み代金は右(1)の経営委託料に充当する。

(3)  被告が東宝株式会社から賃借権譲渡の承諾を得られず破産会社の権利取得が不可能となった場合並びに被告が本契約に違反した場合には、被告は破産会社に対し支払済み代金を返還しなければならない。この場合経営委託契約は当然に消滅し、同契約に基づきなされた金銭の授受はなかったものとみなす。

但し、右(3)の条項は、破産会社の申し出により後日追加されたものである。

3. 前同日、破産会社・被告間で締結された本件経営委託契約は、被告が引続き本件店舗の営業活動を担当するが、経費は破産会社が一切を負担し売上げは被告から破産会社に送金する形で本件店舗営業による損益は全て破産会社に帰属するという内容であるところ、前記売買契約書とは別途に作成された経営委託契約書中には委託料支払に関する条項はない。

4. 破産会社は、売上げ減少による株式市場上場廃止を免れる目的を有していたものの、自らは本件店舗のごとき飲食店を経営する能力が足りなかったので、被告の経営指導を受けながら右能力の向上を図るべく本件経営委託契約を締結した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、以上認定の事実に基づき、本件売買契約において被告が抗弁で主張する特約の趣旨及びその実質的根拠について検討する。

まず、原告は、破産会社が被告に対し委託料を支払う根拠を欠くから本件特約は実質的根拠を欠く旨主張(再抗弁1)するが、破産会社が本件売買代金完済時に本件店舗の引渡しを受けるまでの間、本件店舗の使用収益により営業利益を取得できるのは本件経営委託契約に基づくことは明らかであり、被告に対する委託料支払の実質的根拠がないものと解することは到底できない。そして、本件経営委託契約において委託料支払についての約定がなされていない以上、本件特約の趣旨としては、被告が主張するごとく、本件売買代金が完済される限りは委託料支払の必要はないものの、破産会社の代金不払により本件売買契約が解除された場合には右使用収益に対する対価的意味を有する委託料を支払うべきであり、その額は支払済み代金とする、換言すれば、被告は支払済み代金全額について原状回復義務を負わないものと解するのが相当である。

三、(本件特約の有効性)

そこで、次に本件特約が公序良俗に反するか否かについて検討する。

前述のとおり、本件特約を支払済み代金全額が前記委託料に充当される趣旨と解した場合、右両者間の対価的均衡を著しく失するか否かを見るためには、支払済み代金と本件店舗の通常の委託料ないしは使用料相当額を比較すべきところ、前認定のとおり、本件経営委託契約においては破産会社が被告の北辰不動産株式会社に対する賃料も含め経費の全てを負担するのであるから、右通常の委託料は本件店舗の営業利益を超えることはないものと解することができる。そこで、本件店舗の営業損益の経緯について検討することにする。

<証拠>によれば、昭和五五年一月から七月までの間の本件店舗の損益は最高が金一三四五万円余の利益、最低が金一六四万円余の損失で一か月平均にすると金四八九万円余の利益であること、本件経営委託期間中の同年九月から一一月までの間の同損益は最高が金四一〇万円余の利益、最低が金一三五万円余の損失で一か月平均にすると金二一一万円余の利益であることが認められ、これに反する証拠はない。一方、本件割賦代金は利息を除けば一か月平均で金一七八二万円余であって、客観的には一か月あたり営業利益よりも金一〇〇〇万円以上の高額である。

ところで、前掲証人小林寿夫の証言によれば、本件各契約は当時破産会社の代表者であった同証人と被告の代理人橋本邦雄との間で締結されたものであること、橋本は小林に対し本件店舗の営業利益は一か月平均で金一五〇〇万円程度である旨説明し、小林は右利益をもって本件割賦代金を支払えるものと考えたことが認められ、証人橋本邦雄の証言中右認定に反する部分は被告において直接本件各契約締結に関与した者の証人申し出ができないにもかかわらず同証人が本件各契約締結に直接関与したことを否定していること等に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、破産会社においては営業利益が割賦代金にほぼ相当する額であることを認識して本件各契約を締結したものと言うことができる。

しかしながら、本件割賦代金の平均額は従前の本件店舗の一か月平均の営業利益の三倍以上の高額であって、例え被告の主張するごとく本件特約が違約罰の性格を有するとしても、本件経営委託料における通常の委託料は営業利益の範囲内の額で営業利益よりは少額であると考えられること及び破産会社が割賦代金のほかに利息をも支払うべきものとされていたことを勘案すれば、本件特約は、割賦代金と右委託料との対価的均衡を著しく欠くもので破産会社にとって酷に過ぎると言うべきであるし、破産会社が右特約締結に至ったのは被告の代理人の真実に反する説明に基づくもので、被告は資料の交付すら求めない破産会社の軽率さに乗じて本件特約を締結したものであることをも総合すれば、同特約は公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。

したがって、再抗弁2は理由がある。

四、以上の次第で、原告は被告に対し、原状回復請求権に基づき本件支払済み代金の返還請求権があると言うべきところ、原告の求める範囲内において本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前坂光雄)

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